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連載 桑高百周年シリーズ 郷土史家 西羽晃(著)

桑高百周年シリーズ28
桑名商業実務学校

江戸時代の桑名は木曽三川や伊勢湾、東海道を通じて商業の活発な町でした。その動きは明治時代になっても続き、珠算塾が盛んでした。しかし、公立の商業学校は出来ず、珠算塾から発展して商業学校に成長したのが、私立桑名商業実務学校でした。

前身の私立桑名簿記学校は大正14年(1925)3月15日に開校。珠算科は1カ年、簿記科は3カ月、タイプライター科は4カ月の修業期間で、同年度の教員数は2人、生徒数は男48人、女23人でした。校主は鈴木参治でした。

大正14年に私立桑名商業実務学校と改称し、大字桑名416番地90坪を桑名土地建物株式会社から借用して、2階建て校舎1棟と平屋建て校舎1棟を新築しました。分類上は各種学校で、裁縫塾などと同じでした。しかし、規模は大きく、昭和3(1928)年度には学級数7、教員数6人、生徒数男152人、女26人になっています。

その後、昭和8年に平屋建て校舎を2階建てに改築しています。一時生徒数は減少しましたが、昭和16年に学則を変更して、本科は国民学校(当時は小学校が改称されていた)高等科2年を卒業した生徒を受け入れて、2年間の修業年限としました。その上に1年間の専攻科がありました。また青年学校令に基づく認可を得ました。昭和16年度の生徒数は本科1年生55人、2年生35人、専攻科65人です。運動場は隣の桑名市立第二国民学校の運動場を借りています。また桑名市から45円の補助金を得ています。

昭和18年には中等学校令に基づく商業学校に昇格しています。同年には在校生の中から陸軍少年飛行兵学校へ3人、陸軍少年戦車兵学校へ3人が進んでいます。滑空(グライダー)訓練もしています。

昭和18年12月に財団法人となり、同時に男子の募集を取りやめて、女子ばかりとなっていますが、昭和19年には一般の中等学校と同じく、学徒動員で工場へ働きに出ています。昭和20年7月の桑名空襲で建物は焼失し、その後は復旧されなかったようです。

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