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連載 桑高百周年シリーズ 郷土史家 西羽晃(著)

桑高百周年シリーズ29
奉安殿(ほうあんでん)

今では奉安殿を知っている人は少ないでしょうが、太平洋戦争の敗戦以前の日本人(或いは朝鮮・韓国人、台湾人、満州人も)なら大概の人にはお馴染みの建物であり、嫌な想い出も多いことでしょう。

奉安殿とは『広辞苑』によれば、「御真影・教育勅語謄本などを奉安するために学校の敷地内に1920年代後半から30年代にかけて普及」とあります。御真影とは天皇・皇后両陛下の写真であり、教育勅語とは「明治天皇の名で国民道徳の根源、国民教育の基本理念を明示した勅語。1890年(明治23)10月30日発布。御真影とともに天皇制教育推進の主柱となり、国の祝祭日に朗読が義務づけられた」(『広辞苑』)。

御真影・教育勅語を保管するために、小学校から大学まで、どんな学校にも必ず奉安庫または奉安殿がありました。最初は校長室に置かれた丈夫な金庫が奉安庫として使われましたが、昭和の始めころから、校庭に耐震・耐火構造の鉄筋コンコリートの頑丈な奉安殿が建てられました。生徒たちは毎朝登校すると、まず奉安殿の前で最敬礼をしなければなりませんでした。最敬礼を怠ると、先生から叱責され、体罰を受けることもありました。

県立桑名高女では生徒父兄・同窓生・教職員から寄付を募り、工費1200円で、昭和6年2月26日に奉安殿が建設されました。県立桑名中学校では創立10周年記念として、生徒父兄・同窓生・教職員から寄付を募り、工費1000円で、昭和8年1月20日に奉安殿の竣工式をしています。その建物の周囲を取り巻く玉垣のため、同年2月に呉海軍鎮守府へ不要になった砲弾と碇の鎖を下付されるように申請しています。そして12センチメートル廃弾(長さ約1尺3寸)6個と古鉄鎖(16分の13インチ)100尺を貰い受けています。

昭和20年7月17日の桑名大空襲によって県立桑名高女も桑名中学校も全焼しましたが、奉安殿は焼け残りました。その後も県立桑名高女では御真影と教育勅語を大事に持ち歩きましたが、21年2月13日に国へ返納されました。そして同年9月6日から奉安殿の取り壊しが始められました。

殆んどの学校の奉安庫・奉安殿は破却されましたが、員弁郡十社小学校の奉安庫はいなべ市の郷土資料館である桐林館(旧阿下喜小学校の建物)に保存されています。また桑部小学校の奉安殿は東金井の神社の本殿として移築され、今も使われています。その他にもいなべ市内の神社にも旧小学校の奉安殿の建物が移築されています。

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